現代美術館のピカソ展に行ってきました。
初心者が何を言ってもどうせ外すので、間違い覚悟で思うところを書いてみます。
「記号化」、それはプリミティブなものへの憧憬(もしくは関心)という説明があった。この手法が際立つのは、人間の<変容(metamorphize)>が人間以外の物質をありのままに描いた上に重ねて・溶け込んだように表現される、といった画風にあると思われる。つまり、そこには、変容する人間/しない人工物・静物とのディコトミーがある。そして同時に、その対比を強調するために、他の自然物はほとんどといっていいぐらい登場しない(ミノタウロスなどを取上げた作品も結局は人間の欲望を化体してるにすぎない)。
しかし、このような人間観―つまり人間こそが変容しうる唯一の存在なのだという主張―が、彼の作品の根底にあるとすれば、それは近代的なパースペクティブを脱することができていないということになる。(特に彼の文脈においては性(行為)に関して)プリミティブな人間の復権を描いていると標榜するならば、人間を取り巻く自然環境の<変容>は看過しえないのではないのか。
そしてまた、同時にこの記号化は、人間をことさら性に関わるいくつかの構成要素(乳房、陰部など)に還元することによって、その本質を単純化しようといった意味でもプリミティブな手法であったと考えられる。
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