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Helen Eriksen / Small Hall Classic (2006)

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Helen Eriksen / Small Hall Classic (2006)

Helen Eriksen / Small Hall Classic (2006)

 ノルウェーのジャズボーカル/サックス奏者の新作。

 ジャズがエレクトロと合流するとは。驚きとともに、もはやジャズアルバムというべきではない、という自戒すら生まれる、<北欧>ジャズ特有のジャンルレスな志向性そのものを先鋭化したようなアルバム。

 エスビョルン・スヴェンソンが自らのトリオを「ジャズも演奏するポップ・バンドだ」と述べたように、そこでは、わたしたちと異なるコロラリーで音楽が捉えられ/語られているのだと思う。

 クラブジャズ/ジャズトロニカとして聞くことができる"City Dust"(2000)のほうがわかりやすいが、重要性でいえば本作のほうが高いのではないか。

Monika Linges Quartet / Floating (1982)

 ドイツの歌姫モニカ・リンゲスによるブラジリアン・フュージョン。

 王道のボッサ/サンバアレンジのもの(#1, 5, 8)から、バラード系(#3, 7)、はては4beatモノ、Lady Zu的なチープさがかえってかっこいいソウルフルなナンバー(#4)まで、さまざま。RTFに影響を受けた楽曲も散見される。全編通してエレピなのも、たまらない。

The Baker Brothers / Transition Transmission (2008)

 UKジャズファンクバンドの3rdアルバム。 ファンクはたいへん勉強不足ですが、とにかくアガる。使いたい。

 ソウルに寄った、アシッドジャズ的要素を導入したという指摘もちらほら。たしかに落ち着いたトーンで聞かせる楽曲が目立つ。しかし、そうしたクールネースの強調とは逆説的に、アガる。特に"Chance And Fly"(#2)、Aargh, Aargh-Aargh(#3)の2曲は秀逸。

 旧来のファンからすると賛否両論ありそうだけれど、断然こっちが好き。 セカンドをちゃんと聞いてないけど、ジャム寄りからクラブジャズ寄りのミックスに変えたのかな、とそんな印象。 

 彼ら自身も「最高の自信作」と述べているそうだが、内容を伴っていると思う。


Chance and Fly / The Baker Brothers

東京ザヴィヌルバッハ / Sweet Metallic (2008)

 ここ数年の共演を経て三沢泉(perc)とnumb(electronics)が正式にメンバーとなった、新生東京ザヴィヌルバッハ(以下、tzb)の新譜にして大傑作。

 ポリリズミックであることに変わりはないものの、全体的にコラージュに抑制をきかせており、過度のザッピングに引きずられることのない作品になっている。その意味で、チルアウトながらも、ダンスミュージックとしての利用が可能となった。あまりの違和感のなさにポリリズムであることを忘れるだろう。それほど調和度の高いミックスとなっている。

 本作から、tzbは坪口昌恭のソロプロジェクトとしての傾向が強まり、菊地成孔はプレイヤーに徹するとのこと(もっとも、タイトルは菊地によるもの)。tzbは難解でよくわからない、というひとは本作から入るといいかもしれない。とはいえ、「ポップアイコンとしてのジャズミュージシャンの復権」を目論む彼らのスタンスに鑑みると、重要なのは「かっこいいかどうか」である。bounce.comのレビューはこちら

Andrea Pozza Trio / Sweet Lorraine (2005)

 体調がすぐれないのは最近ジャズを聴いていないからだった。アンドレア・ポッツァ(p)の日本デビュー作は、バッピーながらもクールさを片隅に忘れない演奏で、非=黒人的あるいはユーロジャズの伝統に則ったアプローチだといえる。すばらしいの一言。
 彼は個人的な経験からいっても温厚で優しそうな人だが(以前のIdea 6の来日の際に少し話ができたので)、しかしそうした人格の発露は繊細なソロをさも適当に弾くそのプレイスタイルにはまったく見出されない。このアンビバレンスを、やっつけ仕事(であってマイナス要素である)と評するか、ナルシシズムの極北(で一種の美学である)と考えるかは人によるのだと思う。
 ぼくは体温がこもっていないこの感じが、とても肌に合う。

高柳昌行と新世紀音楽研究所 / 銀巴里セッション (1963)

 日本ジャズ史に燦然と輝く名盤中の名盤・・・なのだが、やばい、ジャズの素養ないかも、"Green Sleeves"の凄さがいまいちわからない。高柳昌行のギターの音色といったら、それは(大友良英の)師匠としての貫禄ともいえるほど素晴らしいものだが、BPM的にもアプローチ的にもあまりピンと来ない。保留。
 プーさんの"Nardis"も、ハードバップ寄りの"If I were a Bell"(日野皓正が参加)も名演。"Green Sleeves"や"Nardis"の富樫雅彦(ds)も、これまた冴えている。薄々気づいていたが、ジャズギターに対する感覚が鈍いのかもしれない。聞き込みが足りないのだ。

山中千尋 / Abyss (2007)

 彼女にとって「美人」の「女性ジャズピアニスト」であることは、おそらく「不幸」だ。特に日本には、女性ジャズミュージシャンが眉唾物として受け入れられるいやな風土がある。ジャズ界にも「アイドルオタク」は存在するので、そうしたニーズに応えるべくアプローチが画一化してしまっているという意味では、あながち間違ってもいない。が、当然ながら正しいわけでもない。
 女性だからタッチが繊細になる、女性だから打鍵が弱い。こうした指摘は類型的にいえることだが、だからといって、ジャズとして間違っていることにはならない。当たり前だが。ぼくが好きなジャズピアニストの1人にRed Garlandがいるが、繊細なタッチに定評のあるガーランドが男性である意味、元プロボクサーである意味はあまりない。マッチョイズムの背後には女性性が控えている、という論評も可能ではあるけれど。
 山中千尋を最初に見たのは東京ジャズだったが、その弾き方に流麗さだけではない、雄々しさを感じた。がっついている感じ、とでもいえばいいんだろうか。上原ひろみに近い精神を感じる。本作は、エレピの導入も相俟って、より「女性ミュージシャン」の枠に括ることが困難な作品に仕上がっている。上原対策とも思える並びには辟易するが、各々の楽曲のクオリティは高いし、特に"The Root of the Light"(#2)の汚いバッキングなんて最高だ。流麗さなんていらないから、どんどん汚いアプローチを使ってほしいと思う。クラシックの発表会みたいな変なドレスもいっそのことやめたらいいと思う。
 次回作は70sマイルスの再解釈なんてどうでしょうか。それこそ、サイケデリックな衣裳で。

Chick Corea Elektric Band / Light Years (1987)(音が出ます)

 グループモノの多いチック・コリア。その中でも、エレクトリックバンドは輪をかけてオシャレじゃないことで評判、のはず。エレクトリックバンド名義のものはいままでに4枚ほど聞いたけれど、4枚ともおしゃれさ皆無。80年代はどうして揃いも揃ってかようなアプローチをとってしまうのか、という思いが再び(ここ笑うところ)。そのうち愛すべきジャズ(ダサいジャズ編)でも、特集してみたい。

 しかしまぁ、ジャズはおしゃれな音楽ばかりではないので、いいのではないだろうか。正確にはフュージョンですけど。少なくともアートペッパーを聴いてジャズはいいとか言ってる女子よりはよっぽどいいと思います(※イメージです)。

 サウンドはというと、ジャズファンより、プログレ、メタルファンのほうが多そうな作り。メンバーは超絶テクニシャンとして有名で、Dave Weckl(ds)やJohn Patitucci(b)が好きという声もよく聞く(ちなみに、ポップンでお馴染みのJimmy Wecklはコンポーザー上高(うえこう)さんのもじりらしいけど、言うまでもなくウェックルとかけてるんだろう)。

 本作は、wikipediaによるとエレクトリックバンド名義で2作目らしい。なぜか、中期ころのT-SQUAREのアプローチと似ている。影響関係があるとは思えないので、Rippingtons(未聴)を介した間接的な近似性があるということなんだろうか。

感動さえ覚える、80年代オリエンテッドなPV↓

http://www.youtube.com/watch?v=zikTA3dYOKQ
Chick Corea Elektric Band / Elektric City

http://www.youtube.com/watch?v=6rI9fevwT2s
Chick Corea Elektric Band / Beneath the Mask


Chick Corea Elektric Band / Kicker

何度か見ているうちに、かっこよく思えてくるから不思議。

http://cottonwoodhill.blog21.fc2.com/blog-entry-3989.html

テオも亡くなってしまいました。ご冥福をお祈りします。

ジャズ好きのかたには説明不要だけれど、マイルス・デイヴィスの影の立役者である。単なるプロデュースというよりもコンポーズに近いことをやっていて、彼がテープを切り貼りしたことで『On the Corner』(1972)のグルーヴはまったく異なるものになったという逸話はあまりにも有名。これをリミックスの先駆けだと評価する人もいるぐらい。

近刊では、『レコード・コレクターズ』2008年1月号がオン・ザ・コーナー特集を組んでいて、テオのことも触れられている。テオが自伝を書いている、との記述があったが、これが未刊に終わってしまったのか、とても気になる。

『On the Corner』はまだ理解できてない部分が多いけど、同じく彼のプロデュースである、『Bitches Brew』(1969)は愛聴盤でした。今日は改めて聞きなおしたいと思います。


Miles Davis / Bitches Brew


はー・・・かっこいいっす。


Miles Davis / On the Corner (1972)


Miles Davis / Bitches Brew (1969)

sivadさんのサイト、赤の女王とお茶をにて素晴らしい特集がされているのでご紹介。

必見です。菊地さん本人の書き込みもあり。

Youtubeで読むジャズ史「東京大学のアルバートアイラー」(その1)
Youtubeで読むジャズ史「東京大学のアルバートアイラー」(その2)
Youtubeで観るジャズ・ピアノの系譜

彼も絶賛しているように、とても綺麗にまとまっていると思う。

個人的には、ジョン・ゾーンにぐっときた。

一言付言するなら、現代ジャズ史を語る上で、クラブジャズの存在はかかせないので、その点をフォローするとよりバランスがいいかもしれない(sivadさんも「書き足りない」と書いているので自覚されてるはず)。

ということで、クラブジャズについて簡単にご紹介(不備はあると思います)。


Jukka Eskola

フィンランドのトランペット奏者ユッカ・エスコラのドキュメント映像っぽい。彼は、北欧ニュー・ジャズシーンをリードするFive Corners Quintetにも参加している。

生音で踊るのがクラブジャズのテーマである。したがって、ジャズといってもフロアをかなり意識した作りになっている。たとえば、ドラムも「遊び」は少なく、一定のリズムパターンを叩く。

もう一つは、白人のジャズの特徴ともいえるクールネスである。特にユーロジャズにおいては、白人独特のモーダルジャズとして発展した。また、近年では、60年代ハードバップ(ジャズロックもその一つ)の再構成の流れともリンクしている。

北欧でこうしたジャズの形態が生まれたのは、北欧元来の(ケルトミュージック的な?)音楽観とクールネスが調和したからだとも考えられる。


Nicola Conte / Kind of Sunshine

クラブジャズのプロデューサーとして名高いニコラ・コンテ。クラブジャズを語る上で北欧以外に重要な場所はイタリアだが、そのイタリアのクラブジャズレーベルSchema Recordsの礎を築いた一人でもある。


Rosalia de Souza

そのニコラ・コンテがプロデュースしたことでも知られるブラジリアン・ボーカリスト、ロザリア・デ・スーザ。クラブジャズの臨界面では、ラウンジ系ボッサ(Nu Bossa?)との境界が曖昧になっていることが分かる。

クラブジャズとニューボッサの関係は、クールジャズにおけるスタン・ゲッツとジャズボサとの関係とパラレルに考えられるかもしれない。


INO hidefumi

では、日本の状況はどうだろうか。ローズ+ブレイクビーツというシンプルな構成にも関わらず、爆発的ヒットを記録したINO hidefumiを挙げることができる。

ライブでは生ドラムがサポートしているが、テクノ的ミニマリズムとジャズ的即興性との対話を感じることができる。


Soil & Pimp Sessions / Summer Goddess

フェス系のジャムバンドともいえるが、たとえばPe'zがポストジャズというかたちで括られるなら、当然ソイルも入ってくることになる。ジャズとの関係でいえば、アジテーターの導入はかなり新しい発想だと思う。

第1回目の放送があった。

オフィシャルはこちら。ナタリーの記事はこちら

放送にもあったように、菊地とマイルスの共通点、あるいは菊地がマイルスと共通だと思っている点は、両義性である。

両義的であるということは、二律背反的な性質が「共在」するということである。このことは、「一方がよいのであり、他方はダメである」という考えをとらない、価値に優劣をつけないということを意味するのと同時に、両者が混在していることが望ましいという姿勢を否定することをも含意する。もっといえば、価値観Aと価値観Bを弁証法的に解決することによってさらなる「いいもの」が生み出されるといった世界観はとられていないということである。

『ユリイカ』の菊地成孔特集(2006年4月号)の副題が「正装の、あるいは裸の」とされていたことを想起されたい。正装でありながら裸になることは不可能である。

しかし、一方では正装を演じ(菊地成孔クインテットライブダブ)、他方で裸になる(デートコースペンタゴンロイヤルガーデン)ことは可能である。二律背反的な性格の行為を、二律背反的でなく欲求することの一貫性みたいなものを、菊地に、彼の解釈するマイルスに感じ取ることができる。

二者択一の議論を取らないという意味では、彼の姿勢は極めてポストモダンである。しかし、「差異」(しかも一方が優位し他方が劣後する関係にある)の消失をもくろんでいないという意味で反ポストモダンとさえいえる。違うものは違うものとしてそのままにされているのである。

菊地自身も依拠しているけれども、心理学的な話に還元してしまうと、

自同性を貫徹することが難しくなった現代、人々はどのように生きていくべきか

アイデンティティなんてそもそも構造的産物だぜ、不要だぜ

そうですね、じゃーなしでいっかー(動物化)

といった感じでおわってしまうように思われるので、僕自身はあんまりとりたくない議論。

http://www.bounce.com/news/daily.php/10362

ショック。

もう消費者法も出たくないんですけど。

ツアー行っておいてよかった!!!!!!

オフィシャルにまだ情報はない。

追記:
2ちゃんねる 菊地成孔スレッド(なぜかフュージョン板)
菊地成孔マネージャーの速報
菊地成孔オフィシャルサイト PELISSE
ゴセッキー んがが日記

追記2:
東ザのライブ映像を発見したので貼付。2人とも若い。


Tokyo Zawinul Bach

ギタリストの浅野祥之氏の訃報が流れていて、沼澤さんもさぞ辛かろうと思いつつ、色々調べていたら、今更ながら、青木さんが既に他界されていたことを知る。

Four of a kindの音沙汰がまったくなかったのは、そういう理由があったからなんだね。

急性心不全らしい。享年49歳。若すぎるよ・・・。若すぎる。。
J-Fusion界は惜しい人を亡くしたよ。

というわけで、急遽、追悼企画します。ぶどう÷グレープのライブレポはまた後日。

wikipediaにもあるように、青木さんの有名な仕事は角松敏生関係でしょうね。でも、僕は角松関連はちゃんと聞いたことがない。彼のソロ作『Experience』とFour of a kindの2枚を押えているぐらい。

そういうわけで、まず、Four of a kindの1st、『Four of a kind』から。

Four of a kind / Four of a kind (2002)(試聴可)

本田雅人(sax, fl)、塩谷哲(p), 青木智仁(b), 沼澤尚(ds)というJ-Fusion界のドリームチームによる名盤。

オススメはやはり、Fast Track(#1)とalamode(#2)だろう。Short Cut(#4)、Egret(#9)あたりも、青木さん作曲ということもあって、彼の勇姿が拝める。

#1は、青木さんのゴリゴリのベースラインからはじまるミディアムテンポのフュージョン。ブラスセクションとSALTのバッキングが印象的だ。

#2は、本田雅人に特徴的な技巧的なリフからはじまるボサ。ただし、聴感の類似性にも関わらず、ラウンジ系の作品とは一線を画したアレンジで、ベースラインとスネアとが軽妙なフルートをやや重めに支えている。

#3は、おなじみのWhat's going on。エレピとスムージーなサックスを使った大人なアレンジ。口説きたい人は使うといいんではないでしょうか。悪くはないが、個人的には、もっと踊れるアレンジが好きだ。

青木智仁 / experience (2000)(試聴可)

続いて、ソロの2nd『Experience』は、本田雅人はもとより、山木秀夫やらかなり豪華な面子が集結していたような記憶がある。

やはり、Donna Lee(#8)は必聴。ベーシストがいつか対峙せざるを得ない曲なんだろう。生きた時間が、ジャコ(・パストリアス)と10年ぐらいしか違わないというのが切なすぎる。

本田雅人への応答とも捉えることができるFinger Tough(#1)、Dr Stop(#6)あたりもおすすめ。

FOAKのライブでは、フュージョン畑のプレイヤーにありがちなチョッパーをひけらかすといったようなこともなく、真摯なプレイが印象的な人でした。

ご冥福をお祈りします。

Harvey Mason Triosの第2弾。

Harvey Mason Trios 2 / Changing Partners (2006)(試聴可)

ベネズエラ出身らしい。

benito_sp.jpg

Benito Gonzalez / starting point (2004)(試聴可)

ブート(Jazz Door)でした。

kenny garrett trio / Stars & Stripes Live (1993)

まだ取り上げてなかった。

山下洋輔トリオ / キアズマ (1975)

TIPOGRAPHICA

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TIPOGRAPHICA

帰京中、否、帰郷中ですどうも。

土日は、かわいい女の子に乙女ロードに連れてってもらったり(この逆説がいい)、カヒミのウィスパーボイスに癒されたりしていました。うらやましいだろう。

はいはい、妄想わろすわろす。

えーっと、実家は引きこもりが加速して、毎日映画見て毎日音楽聞いてと優雅な生活を送っております(ここから、ニートとは優雅である、という命題が引き出せることになる)。

レンタルブームが継続中なので、渋谷のTSUTAYAでいろいろ借りてきた。

TIPOGRAPHICAまであるなんて、さすが。

一言でいうならば、フュージョン色の強いコミックバンド。Chick Corea Elektric Bandとザヴィヌルシンジケート(またはWeather Reportの変則なリズム)と渋さ知らズを足して割った感じ。

CCEBはメタル的・ハードロック的な真摯さの代償としてダサさをも引き受けてしまったため、80年代以降の活動はすべてリフレインになってしまっている。ザヴィヌルシンジケートも、前々作を聞いた限りでは、よくわからないスペーシャスな方向に行ってしまっていた。

そういうことからすると、この手のアプローチはジャズ・フュージョンの内部においては対抗馬がいなかったのかもしれない。たとえば、栗コーダーカルテットのほうが相手として相応しい気もするし。

現状だと、渋さの一人勝ちということになるんだろうか。

Tipographica / The Man Who Does Not Nod (1995)(試聴可)

Tipographica / God says I can't dance (1996)(試聴可)

残りは、ジャニスで補完する予定。

そういえば、取り上げていなかった。

Kenny Garrett / Beyond the Wall (2006)(試聴可)

マイケル・ブレッカーの訃報に接したら、アリス・コルトレーンまでも。

http://www.cdjournal.com/main/news/news.php?nno=13913

http://www.cdjournal.com/main/news/news.php?nno=13910

ライブを見たかったが、それも叶わない。

マイケル・ブレッカーは、数年前から難病と闘っていた。ハービーが友人だからなのか詳しい事情はわからないが、東京ジャズでのアナウンスは覚えている。

アリスも、最近の(クラブジャズ経由の)スピリチュアル・ジャズ再評価の流れで、再び名前が挙がるようになった矢先だ。と書いてみたら、バウンスの記事と被っていた。

いずれもソロ作は押さえていないが、追悼企画で聞いてみることになるでしょう。

ご冥福をお祈りします。

明けましておめでとうございます。旅行記はのちほど。

さて、新年一作目。

中古盤があったので買い。最近はもっぱら中古派。

Jukka Eskola Quintet / Hub Up (2006)(試聴可)

レーベルはStride(インパートメント)。いい仕事をしていると思う。

必聴です。ジャズではないけれども。

INO hidefumi / Satisfaction (2006)(試聴可)

ジャーマン・フュージョンだそう。

Olivier Peters Quartet feat. Joan Johnson / Wings of Spring (1980)(試聴可)

無料といわれたら行くしかありません。

映画座談会―映画の仕事師と語る4〜映像と音楽〜

当時の奥さんが最初の仕事(『青い凧』)をもってきてくれたこと、普段自分が作らないようなものをしかも人の注文をふまえて作ることが逆に自分の音楽の可能性を発見するいい機会となること、DATで3ダースぐらい作ったのに結局採用されたのはデモテープだったこと(相米監督)、試写会に来ていた武満徹から後で手紙を頂いたこと、その武満徹はビル・エバンスと共演の話があったが立ち消えになったこと(実現していればすごいことだ!)など、映画音楽とそれに関わる人たちの逸話をたくさん拝聴する。

大友さんは、最近の映画、とくにハリウッドものは音が多すぎる、音が(場面を)食ってしまっていると嘆いていて、自分が作るときは意図的に音を抜くようにしているのだという。これは監督の側からいえば、映像に足りていないものだけが欲しい、というクリシェ的によく聞く話だけど、映像と音楽とが相互干渉してしまう可能性については、わりと共通理解があるんだなあと思った次第。ジャズメンだけに、もっとインタープレイ的に捉えていてもそれはそれでありだと思っていたんだけど。

その後、ちょっとした(といっても結局2時間近くやってくれた)コンサートに移る。

あれほど、いい音を出すギターにはじめて出会った。フィードバックもノイズも、うるさくないし、わざとらしくない。等身大で優しい、しかし芯のある音だ。

綺麗なノイズをまた聞きに行きたい。

ギャラリーフェイクとかぶってしょうがない。

Sunaga t experience / A letter from allnighters (2006)(試聴可)

「ジャズは夜、夜はジャズなのだ」(#1)ではじまるレコード番長、須永辰緒の3rd Album。

注目すべきは、Idea 6の名曲「Metropoli」がカバーされていることだ(#3)。夜ジャズっぽさが強調されたアレンジながらも、波立つSEがイタリアの港町を残している。

おしゃれになりきれない部分を敢えて消さないのが、彼のディレクションの特徴だ。女性ボーカルをフィーチャーした曲も多い(#4, 5, 8など)が、どこか上品さが足りないのである。口説こうとしては失敗するダサい男が眼に浮かぶ。おしゃれに着飾っても最後の最後でダサいのだ。ここがいい。

当時の下世話な文脈から切り離されて大部分が権威に占拠されてしまったジャズの世界で、泥臭いメッセージを発し、しかもそれをフロアで再構築するという彼の方向性は、純粋にオシャレなサウンドを追及するくだんのクラブジャズシーンにおいてさえも、かなり希少である。

ジャズは、いまやファンクやR&Bに持っていかれてしまった「下品さ」を忘れてはいけないと思う。「寝る」ときに使えるか、というのは音楽にとって結構中核的な問題だ。

東京新聞はこちら

恥ずかしながら、ルー・タバキンと結婚していたのも知りませんでした。よく一緒にやってるなあとは思ってたんだけど。

ちなみにNEAのホームページに歴代の受賞者一覧がありました。wikiも引っかからないので掲載。来年の受賞者一覧はまだない模様。

NEA Jazz Masters 1982-2006

9月15日に渋谷O-nestでおこなわれた坪口トリオのレコ発。

http://spluck.jp/news/archives/20060822/masayasu-tzboguchi-trioradio-acoustique-release-party/

トリオとはいうものの、ビブラフォン(三沢泉)+ダブエンジニア(パードン木村)をゲストに迎えてカルテットまたはクインテットという編成。

久しぶりに"Kelly Blue"(Wynton Kelly)聞いたんですが、"Five Spot After Dark"(Curtis Fuller)に空気似すぎじゃないですか?

確認したらどっちも1959年だったけど、時代のせい?

ビバップの最期のあがきってこと?音掠れてるしな。

1959年というのはコルトレーンの『Giant Steps』が出た年で、まさにパラダイムが変わる頃だったのですね。コペルニクス的転回になぞらえてコルトレーン的転回という言葉もあったような気がしますが、ぐぐっても出てこないので、僕は嘘を付いたかもしれません。

ちなみに、テナーもかぶってて、ともにBenny Golsonだったようですが、気付かなかったなあ。

早くも今年最高傑作の予感。

Masayasu Tzboguchi Trio / Radio-Acoustique (2006)(試聴可)

http://www.flyrec.com/index_j.html(音が出ます)

久々に鳥肌が立ちました。お金がなくて買えないので毎日のように試聴してるわけですが。

軟派なクラブジャズよりはるかにいい。

アイデアを具現化するセンスといい、素晴らしすぎます。

やっと届きました。リュック・フェラーリは普通はミュジーク・コンクレート(musique concrète)だといわれていますが、便宜的にジャズに分類しておきます。

Luc Ferrari / Archives Sauvees des Eaux (2004)

正確にはテクノですが。

miles_gurtu (2004)(試聴可能)

Blue Note Voiceの6月号が来た。

8月にロン・カーターが来ることもあって、冒頭から「ライブアンダーザスカイ伝説」の話題が。
V.S.O.P.ネタはベタではあるけど、本当に素晴らしいのだからしょうがない。
去年の春はこればかり聞いていた。もはや、ロック。
グルーヴ、ダイナミズム、インタープレイ、臨場感すべてが最高の形であらわれてる。
しかもこれが日本なわけですよ。

Herbie Hancock / V.S.O.P.: Live Under the Sky (1979)(試聴可)

ニコラ・コンテの来日ツアーにファブリッツィオ・ボッソ(tp)が同行することが判明。

しかし上半期のBlue Noteのブッキングは素晴らしいな。正直、勉強どころではない。

「核音理論」の話が気になっていたので読んでみた。

たしか、菊池成孔と山下洋輔の対談にて触れられていたはず(山下洋輔+菊地成孔「花火を上げろ!菊地成孔のできるまで」『ユリイカ』2006年4月号)。

言うまでもないが、ブルー・ノートというのはジャズの老舗レーベルあるいはライブハウスの話ではなくて、いわゆるスケールのことである。

70年代の日本は本当に熱かった。

Herbie Hancock / Flood : Live in Japan (1975)(試聴可能)

やはり、名盤でした。

Spring / Anthony Williams(1965)(視聴可)

まだ言語化できるほどに彼の作品に触れていないので、しばらくはこの宙吊り状態を楽しもうと思う。

今はユリイカの4月号(菊地成孔特集)を読んでいる。これについてはまたそのうち。
『東京大学のアルバート・アイラー』も赤本(キーワード編)が出ている(現在、積読状態)。

5月、6月と相次いで、東京ザヴィヌルバッハ、デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデンが名古屋に来る。

楽しみでしょうがない。去年のカヒミ・カリィとのツアーは見逃してしまったから。

一緒に行ってくれる人がいたらいいのだけれど。


今年は、5月にサム・ヤエルとブライアン・ブレイドが、9月にはメルドーのトリオも来る。
見るまでは死ねないなぁと思う。

東京に行っている間に、Don Alias(ds, perc)、Jackie McLean(as)が相次いで亡くなりました。

Don Aliasは、エレクトリック・マイルス、ウェザーリポートでの活躍が有名だと思われます。
『Bitches Brew』(1969)、『On The Corner』(1972)などの歴史的名盤にも多数参加。

iTunesでもサーチしたら『ジャコ・パストリアスの肖像』(1976)にも参加していました。

ロック史を語る上でも重要な作品だ、とジャズ史の中では語られるんですが、実際は?
他にも、エレベをやる人はDonna Lee(#1)をコピーしたくなる、典型的なダンスクラシックであるCome on, Come over(#2)のオリジナルが入っているなど、逸話の多い作品ではあります。

ファンキーなベースラインにスチールパンやストリングスが乗るアレンジも他に類を見ません。ハービーのローズも、エレクトリック・ハービー時代のグルーブそのままです。

さりげなくパーカッションも全面的に参加していたんですね。このコンガがそうだったのか。

Jaco Pastorius / ジャコ・パストリアスの肖像 (1976)

Jackie McLeanは一枚持っている程度で、あまり聞き込んでいません。今後の課題。

内田先生が少し書かれています。こちら
『Left Alone』にも参加していたのか。

ご冥福をお祈りします。

ビレッジバンガードで思わぬ収穫があったので、購入。
Buddy Richの'73年の作品。

arch recordsでチェックはしていて、気にはなっていた。
試聴も同ショップで出来ます。こちら。[1][2]

Buddy Rich / The Roar Of '74 (1973)

Freedom Jazz Dance, Book II (#0009)