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Clown cafezinho presents Musique Dessinee 20080322 in Nagoya at Club Buddha

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Clown cafezinho presents Musique Dessinee 20080322 in Nagoya at Club Buddha

春もまた不眠、暁?むしろこれから寝ますが、

というわけで、デシネのイベントが名古屋であったので見に行ってきました。
スタッフのみなさんお疲れ様でした。名古屋で見れるなんて感激。

デシネ関連のアーティストはもちろん、パーフリもオザケンも多数かかって、渋谷系特集か?という一面も。朝方のメロウな選曲がたまりませんでした。(一応の)終わりを締めくくったのは、ちょっと調べたところ、Monica Dominiqueの"Tillagnan"だと思うけど、これがスロウな8ビートジャズで、かなりの名曲。でも、ジャケットが違ったような・・・?

dessinee20080322.jpg

新栄カフェ・パルルにて行われた大谷さん(以下、敬称略)のレクチャーに行ってきました。

カフェ・パルル : 連続レクチャー「二〇世紀の歌と抽象 --ポピュラー・ミュージックと「ジャズ」」

第1回のテーマは「I Loves You, Poggy」。

私の書き殴りメモによると以下のような内容。

・ポピュラーミュージック(以下、「ポップス」)と(録音媒体としての)メディアは"なぜか"相性がいい。ポップスはメディアチェンジを乗り切って今日まで来た。

以下、アメリカにおける楽譜産業の隆盛、著作権の発生、ポピュラー音楽作曲家という職業の成立が同時期であることを指摘し、その関連性を説明。

・音楽には、ポップスとシリアス・ミュージックの2種類があり、これらは相互に峻別されていた(少なくともポピュラーミュージック誕生の当時は)。

・私(=大谷)は、George Gershwinをポピュラー音楽作曲家の草分け的存在として評価したい。

ここで、重要なこととして、
・ブルースとジャズに直接的なつながりはない
・ガーシュウィンはいわゆるジャズミュージシャンではない
の2点を確認した。

以下、ガーシュウィンの音楽的ルーツを当時の時代状況から説明。

・ガーシュウィンの時代のジャズ像は、いわゆるニューオリンズジャズである。その特徴は和声法的ではなく、対位法的である。しかし、ガーシュウィンの作曲法は対位法的ではない。

・こうした当時の状況を踏まえると、ガーシュウィンの楽曲にみられる「ジャズっぽさ」の特徴は、(主として??)その「ビート」にあることがわかる。彼はピアノが得意だったからである。たとえば、ラグタイムやストライドピアノといったジャンル・奏法にみられる「食ったり戻ったりする」感覚、和声法的なアプローチがガーシュウィンの特徴と符合するといえる。

・「ポーギーとベス」における楽曲をみれば、ガーシュウィンが黒人音楽にかなり習熟していたことがわかる。しかし、"I Loves You, Poggy"自体は、(それほど??)黒人的ではない。他方で、同オペラのほかの曲には、パーカッシブなものもみられる。

・マイルス・ディヴィス/ギル・エヴァンスの『ポーギーとベス』における、"モーダリティ"、"ポリ・モーダリティ"という概念の採用は、こうした白人/黒人(アフリカ)性を再度取り戻すもの(=両者の混交性を踏まえたもの??)となっている。

・ガーシュウィンの特徴のもう1つの鍵、「ユダヤ性」については触れることができなかった。

感想を。

 大谷自身は言及しなかったが、レクチャーを聞いて、白人/黒人/ユダヤといった異種混交性がポップスの特徴を形作っているということなのだと思う。そうだとすると、音楽の人種/文化規定性を指摘する立場だといえる。で、それはそのとおりなのだと思う。

 しかし、人間は自分の出自(または志向性)に自覚的である場合に、出自を隠蔽することも可能なはずで、音楽的に優れた才能をもつガーシュウィンが、これは白人的だ、あれは黒人的だという自覚があったとすれば、それにも関わらずなぜ異種混交的なアプローチを採用したのか、という点が気になる。疑問をいいかえれば、なぜ、ガーシュウィンは和声法の「ぬくもり」のようなものを払拭しようとしなかったのか、あるいはできなかったのか、ということだ。

*著作権に関して

引用(または要約引用)の範囲内で書いたつもりですが、当然ながら、公衆送信権その他の支分権は大谷さんに帰属します。このブログは基本的に転載フリーですが、このエントリに限って、転載は禁止いたします。大谷さんご本人または著作権者のかたからご指摘があった場合には、すぐ削除いたします。

行ってきた。

名古屋のセカンドセットは、全国にさきがけて完売したらしい。って、前も聞いたぞこの話。クインテットライブダブ(以下、KQLD)のときかな。

演奏は、やはりグルーヴが変わっていた。リズム隊の変化が大きいのかもしれない(坪口さん以外は面子が変わった)。本田(珠也)さんの抑揚をきかせたドラミングも、かえって新鮮だった。もっとも、フィルは相変わらず暴れてましたが。ロックだ。

その他にKQLDとの違いといえば、パードン木村氏がステージにあがって演奏していたのと、坪口さんがエレクトロニクス(おそらく、サンプラー+カオスパッド)を導入していた。後者は、Masayasu Tzboguchi Trioの影響だろう。イントロでピアノをループさせるアプローチなんてとてもかっこよかったけど、パードン氏の役回りが減殺されてしまうのではという危惧もなきにしもあらず。エレクトロニクスが生音にかき消されることもなかったのはよかったが、ダブ処理はもっとうるさくてもいいかなと思います。

Naruyoshi Kikuchi Dub Sextet / The revolution will not be computerized (2007)

久々にブルーノート。

御大と握手できたよ。オブリガード!って言ったら、オブリガード!!って返してくれたよ。

無理して行ってよかった。

こういうとき(に主に)、心底、名古屋に来てよかったと思う

(東京だと、なかなか難しい)

が、もうちょっと客入ってもいいんじゃないか。超重要ミュージシャンなのに、がら空き。

彼は、アメリカでの活動に力を入れたこととの関係で、ジャズミュージシャンとのコラボレーションも多い。そういう経緯もあって、ブラジル音楽でも、いわゆる(ジャズミュージシャン的な)ジャズボサでもない、両者が混ざり合ったようなグルーブ感が印象的だった。

沖縄をモチーフにした楽曲は、明らかに中国の音階が使われており、何にどうやってインスパイアされたのかいまいち不明だったが、ここに彼独自の「異種混淆性」をうかがうこともできるだろう。

イベント情報はこちら

15年ぶりの来日。

1階はオールスタンディング。ブラジリアン・コミュニティの人で埋め尽くされてた。

盛り上がる盛り上がる。zepp史上初では、というぐらい盛り上がる。
終始、大合唱。どれもこれも全部歌える、といった感じ。

ラティーナの本領を見た。

マリーザで踊れるのにも驚いた。日本人なら座って聞くタイプの音楽ともいえるのに。

ちゃんと聞いたことなかったが、思いっきりMPB、というかブラジリアン・ポップス。

タンゴ(なぜ?)やフォルクローレを取り入れて哀愁を表現したり、果てはカントリーロックまで。ボサノヴァは3曲程度。サンバアレンジの曲はなかったと思う。

フロントにチェロ、ファゴット(ポピュラー音楽のライブではじめてみたよ)、トランペット、バイオリン、アコギが2本〜3本で、エレベとエレキギター、プログラミング兼キーボード(オルガン含む)に、ドラム兼パーカッション(カホン、パンデイロなど)、というあまり類をみない編成。

ブラジル音楽ベースの演奏はもちろん、クラシカルなアレンジにも、ロックなアレンジにも耐え得るためということだろうけども。

暗闇の中での1曲目からはじまり、オーディエンスに合唱させたまま終演、という演出も見事だった。コミュニティの支えのある名古屋ならではだろう。

東京(5月29、30日)はオーチャードホール(もちろんall seat)なので、雰囲気はがらっと変わると思う。

初レミ街。感動。

少年がかったボーカル。不協和なコーラス。各々のリズムは合うこともなく「平行線」を走ったまま。

随所にみられるそうした「揺らぎ」に、日常をいたずらに純化することなく、狭雑なノイズを含むものとして捉える姿勢を感じ取ることができる。

(皮肉でも何でもなく超評価してます)

tujiko norikoは思ったより難解でした。マッキントッシュとコラボ。

ありそうでありそうな・・・と散々考えたけど、類似のアプローチは思いつかず。

エレクトロニカで、朗読、または語り部。あるいは、よりアブストラクトになったクラムボン。ボーカルは、教育学部的・児童文学的要素を差し引いた原田郁子。

行って参りましたよ。新譜『Franz Kafka's America』発売にあわせてのツアー。

''ジャングル・クルーズにうってつけの日''からスタート。3曲ほど新譜からの紹介があって、次代のダンスチューンになると思われる''ワシントン D.C.''で一段落。

''Playmate at Hanoi'、''構造1''、''Circle/Line〜Hard Core Peace''と定番の曲が続く中盤は、音圧もあがりにあがって、異様な盛り上がり。

坪口さんのショルダーキーボードがかっこいいのなんの。ポストハービー、ひいてはポスト浅倉大介、ポスト小室哲哉ですよ!(適当)

''構造1''はつくづく名曲だと思う。5拍子で取りつづけてる人が結構いた。ブラスの4拍子の侵襲に耐えたい、という欲求はわりと共通見解らしい。

ここで終わっても十分!というぐらいの高揚感があるも、バラード(これまた新譜から''花旗'')で鎮めて一応終了。湯加減のよすぎるメンバー紹介の後、アンコールに入って、新譜から''フォックス・トロット''と、''S''で終わり。

''Catch 22''も''Mirror Balls''もやってないことに今気付いた!「ラブ&ピース」の元凶は''Hard Core Peace''だな。

前回のツアーより、何十倍もよかった。
ギャレット・カルテットは揃いにそろって冴えていた。

なかでも、Beyond the Wallは、歴史に名を残すほどの名演。
残念ながらここは名古屋なので、歴史には残らないが。

ベニートのピアノは、一音一音に「適切」な選択をしていると感じさせる。迎合しているわけでは決してない。ジャズ史の中に不定形ながらも見出されてきた「セオリー」を知った上でやっているんですよ、という姿勢が伝わってくるという意味で真摯なのである。不協和音(というかモードなので要するにビルドですけど)にさえも、そうした真摯さを感じ取ることができるのは珍しい。咆哮を繰り返すアルトに、クラスター的なバッキングで応える様も見事だった。

Personnel:
Kenny Garrett (as, ss, synth), Nat Reeves(b), Jamire Williams(ds), Benito Gonzalez(p, rhodes)

Set List:
#1 Beyond the Wall
#2 Qing Wen
#3 Kiss to the Skies
#4 童謡メドレー
#5 Happy People

行ってきた。

まぁ、なんていうか、一言一言に萌える

出だしから、「安藤です」。名字か。名字でくるか。

サポートメンバーも豪華!

どうもドラムをフィーチャーするなあと思ったら、沼澤尚だった。感動。

アップライトベースまで使ってゴリゴリ言わせてる女性がいて、もしやと思ったら、TOKIEだった。感動二倍。

往年の名曲たちについては後日補完します。

そして、行ってきたということになる。

80分近くやった上に、アンコール3曲というサービスぶり。これぐらいやってもらえるとブルーノートでも割高感がなくなる。

セットリストは忘れてしまったが、「Isfahan」、「エリザベス・テイラー」、「You Don't Know What Love Is」がやられていたのはわかった。クリスマスにあわせたスタンダードも1曲やっていた。アンコールは菊地さんがストラップを置いてきたため、ボーカルのみ。

方向性なのでしょうがないんだけど、ゆったりしたバラードはしんどいね。金切り声をあげるように潰して吹いてたのが一番かっこよかった。

曲名がわからなかったが、全員が違うテンポで演奏していたのはすごい(それぞれタイム感が違うのは当然としての話)。複数のビートを多層的に観念してるということなんだろう。たしかに、2拍3連とか基礎になるビートに重ねる程度のものは常套手段ではあるけど、あそこまでバラバラでもつられたりしないもんなんだなあ。

流麗なソロや勢いではなくタイム感で勝負するのは玄人向けだと思うんだけど、客層は普段ジャズを聞かないような人ばかりだった。

まぁそれはいいです。振り撒かれた香水に合う格好をしていかなかったこちらが悪いのです。

断念するつもりだったが、チケット取れたので行ってきた。S君、次は行きましょう。

「ニュータウン」と「ダンボールの宮殿」が聞けたのは大きかった。

しかし、最高傑作との呼び声も高い(と僕が言ってるだけの)「冠水橋」は聞けず・・・

あの曲を聴いてセルフプロデュースの可能性が開けたんだけどなあ(遠い目)

新たなサポートには、沖山優司(b)、小松茂(ds from NONA REEVES)、松本圭司(key etc. ex.T-SQUARE)、伊藤宏博(Key etc.)、真城めぐみ(cho)、飯田希和(cho)らが参加。豪華。

ソロ名義のときと同じメンバーらしい。もっとも、沖山さんと小松さんは馬の骨のサポートで、堀込兄のサポートでは千ヶ崎学(b)(ルーシーのサポートなど)や椎野恭一(ds)(AJICOなど)が参加していたので、入れ替えはあった模様。伊藤さんとコーラスの2人も兄のサポート。

ライブレポートを書き忘れていた。メモ程度だけど、一応書いておく。

山下洋輔PANJAオーケストラと日野皓正クインテットで5000円という破格。がんばった岡崎。

岡崎がなにゆえにがんばるのかというと、岡崎には内田修(医師なのでDr. Jazzといわれる)という超有名なジャズオヤジというかジャズリスナーがいるから。

ちなみに、何の役にも立たない知識だが、ジャズ板では痛いリスナーのことをリテナーといいます。

遅くなりました。ライブレポートというか雑感を。新曲や未発表曲もいくつかやりました。

浪人していた頃に、饒舌スタッカート(2001)(試聴可)をラジオで聞いて以来はじめてのライブ参戦。

山田さんは思いのほか、ミュージシャン然としていた。

彼の書く文章はまるで写真のようだ。シャッターの切り方一つで街並は表情を変える、そういうことがわかっている。文学的ではあるけれど、冗長さはない。地に足がついていて、日常性に溢れている。あるいは、輪郭のはっきりしない想い、そういうものの柔らかさがわかっている。

「売れていたら、解散していたと思う」という自虐的なのかなんなのかよくわからないMCトークに半分賛同しつつも、僕はやっぱりこの国のセンスを疑いたい。

本人自らいうので批判してやろうかといつも思うのだが、できそうにもない。間違いなく天才だ。メロディと歌詞の不調和が氾濫している時代にあって、これほど相乗的に歌を作っている人はいないだろう。

『ripple』は今まで聴いてきた中でも上位に入る名盤。かなりネオアコに傾倒しているため、ギターポップが苦手な人も全然いけるはず。ジャックスのCMでおなじみのあの曲も。おすすめは「ドライブ」。ちょっとしたレビューはこちら

GOMES THE HITMAN / ripple (2005)(試聴可)

見てきた。

ジェフ(・バラード)とのトリオも随分馴染んできた。

スタンダードを2曲ほど、ポップスのカバーらしきものを1曲、オリジナルと思われる曲といった内訳だったが、ほとんどが知らない曲だった。まともに分かったのはアンコールの「Exit Music (For a Film)」ぐらい。奥さんとのデュオアルバムからの選曲ということもないだろうから、来るべきニューアルバムからだろうか。

全体的にしっとりした曲が多く、迫力に欠けるステージだったが、むやみやたらに流麗なソロを弾くというのではなく、終始、必要最小限の音で構成しようとする姿勢が見えて、好感触だった。別にジョン・ケージとか挙げるまでもなくて、無音というのも一つの「音」なんだし、それをも含めてインプロヴァイズするのも才能だろう。

そういう弾きかたをしているとますます(セロニアス・)モンクのフォロワーのように見られるのではないかとの危惧もあるにはある。幾度となくカバーしているし、モンク解釈までしてしまうぐらいだし(『House on Hill』のライナーノーツで熱く論じられている)、奏法も随分取り入れているから、本人としても狙っているのだろうけれど。

行ってきた。

http://www.nagoya-bluenote.com/schedule/200608/08_10.html

今回はフラメンコダンサーをもフィーチャーして、視覚的な意味でもインタープレイを行うという、なかなか凝った演出だった(もちろんダンスも即興)。

僕は念願かなって、アイアート(・モレイラ)と握手できてもう泣きそうです。

愛聴盤については先のエントリを。こちら

今回はアイアートをフィーチャーするということもあって、珍しくディサフィナードを演奏したのだけれど、彼のブラジル音楽への敬意が、訛るパーカッションに、歌声に率直にあらわれていた。

終始怪訝そうな(まるで鬱病のような)表情をしていたのが気になったりもしたが、彼の「SE」(怪獣の物まねやら、風が吹く音やらさんざんやっていたのでした)はとても快活だったから、デフォルトがそれなんだろう。また好演が聞けたら嬉しい。

Tim Garland(sax)も素晴らしかった。なかでも、ソプラノサックスが呪術的とまではいわないが、不思議な音色を出していた(奏法が凝っているというわけではなくあくまで音色)。

ちなみに、チックのセッティングは、ピアノ(メーカーわからず、スタインウェイだと思うが・・・)とYAMAHAのMOTIF ES8。Rhodesを待望します。

見てきた。

ファブリッツィオ・ボッソ(tp)の一人舞台でした。音色も吹き方もとにかく引出しが多い。近年はイタロ・ジャズの重鎮ジャンニ・バッソ(ts)との共演が目立つ。バッソとかボッソとかわかりにくいね。

ニコラ・コンテはギターで参加だったんですけど、まぁ、なんというか可哀想で見ていられませんでした。演奏家じゃないんだから、無理にソロ取らせなくても。グルーブも間に合ってないし。

彼の名誉のために書いておくけれど、偉大なプロデューサーであることは間違いない。今のイタリア/北欧のクラブジャズシーンを作り、そして牽引してきた人であり、いまや、SCHEMA、IRMAを筆頭に、あらゆるアーティストの音源で彼の名前を見ないことはないほど。

ソロ名義はこれ↓しか持っていないが良作だと思う。小西康陽も大絶賛したと言われる記念すべき1st。

Nicola Conte / Jet Sounds (2000)

世間的には『Other Directions』(2004)が名盤だと言われている。

見てきました。サインもしてもらって、握手も出来て大満足です。

新譜(『Voyager』→試聴はこちら)を中心にした選曲。本作は本田(竹弘)さんに捧げられているのだけれど、彼の弟子だったらしい。

大石さんは捻りやクールさを演出するというよりも、まっすぐな(その意味でイージーリスニングな)テーマを弾く人だと思った。ニューエイジやJフュージョンが好きな人でも全然入れると思う。

ただ、大石トリオの方向性は明らかにイージーリスニングと逆のベクトルである。一見した聞きやすさとは反対に、むしろ、始終インタープレイというか、常にグルーブがぶつかり合っていて、厳密に調和していないのだ。

インタープレイの面白さはエバンスが提示して以来の常識ではあるけれど、今でも、バップを好んで弾く人はメロディを聞かせるテーマとインタープレイでみせるソロとで使い分けているように思う(歴史的にはバップ以降にエバンスが出てきてるわけで当然ですけど)。

大石トリオはイヤーフレンドリーなテーマを使いながらも、両者を截然と分けていないのが印象的だった。(原)大力さんのドラムにしても、テーマのときはさすがにリズムを叩いていたけれど、グルーブを合わせる気が全く感じられなかった。すでに戦闘態勢というか。

大石さんはMCで、寄る(つける)人とは一緒にやりにくいと言っていました。

なるほど。いや、見事に寄ってないです。

見てきました。ソロは去年京都で見たのだけれど、トリオは初。

http://www.nagoya-bluenote.com/schedule/200605/05_10.html

Personnel : Michel Camilo(p), Charles Flores(b), Dafnis Prieto(ds)

相変わらずの超絶ピアノだけど、席がドラムの裏側だったため「消える手」は拝めず。その分、ドラムがよく見えたのでそれはそれで楽しかったが。

「テキーラ」も7拍子のアレンジだった。にもかかわらず客に合の手を求めるという。。そして、やっぱりずれるという。。

アンコールはテーマなしの枯葉。高速の4ビートではあったけれど、ペダルハイハットの踏み方を見るにドラマーはわざと表で拍をとってた気がする。

こうしたモダンジャズのセオリーが逆転するのがラテンミュージックの面白みだ。拍子が全く唐突に切り替わる構成にしてもプログレみたいだ。

グルーブの入れ替わりに生じる違和感を放置する音楽なんだな。あるいは組曲的とでもいうべきか。

会場は大盛り上がりでスタンディング・オベーションが起こってました。今日は握手が出来たので満足。

jellyfishというイベントで東京ザヴィヌルバッハ(TZB)とPaperBagLunchbox(PBL)を見てきた。

LIVE ACT:
東京ザヴィヌルバッハ (坪口昌恭:Key,Computer / 菊地成孔:Sax)
PaperBagLunchbox
ALL OF THE WORLD (THANKS GIVING)

DJ:
cool-k
MJD

ライブレポートを再開。

http://www.nagoya-bluenote.com/schedule/200605/05_02.html

Personnel : Bill Frisell(g), Brian Blade(ds), Sam Yahel(org)

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