見てきた。
ジェフ(・バラード)とのトリオも随分馴染んできた。
スタンダードを2曲ほど、ポップスのカバーらしきものを1曲、オリジナルと思われる曲といった内訳だったが、ほとんどが知らない曲だった。まともに分かったのはアンコールの「Exit Music (For a Film)」ぐらい。奥さんとのデュオアルバムからの選曲ということもないだろうから、来るべきニューアルバムからだろうか。
全体的にしっとりした曲が多く、迫力に欠けるステージだったが、むやみやたらに流麗なソロを弾くというのではなく、終始、必要最小限の音で構成しようとする姿勢が見えて、好感触だった。別にジョン・ケージとか挙げるまでもなくて、無音というのも一つの「音」なんだし、それをも含めてインプロヴァイズするのも才能だろう。
そういう弾きかたをしているとますます(セロニアス・)モンクのフォロワーのように見られるのではないかとの危惧もあるにはある。幾度となくカバーしているし、モンク解釈までしてしまうぐらいだし(『House on Hill』のライナーノーツで熱く論じられている)、奏法も随分取り入れているから、本人としても狙っているのだろうけれど。
今日は、短二度でぶつける(大雑把に言えば、隣り合った鍵盤を同時に弾くとひどい不協和音になる)のが目立っていたが、この奏法もモンクが発明したと言われている。
モンクは指が短いとかで遠くの鍵盤は単音で鳴らすのが困難だったらしい。いまや出自も忘れられるぐらいの常套句だが、元々はディスアビリティを克服するために使われていた(といわれている)。
メルドーがモンクとどう接していきたいのか(もちろんモンクは故人だ)、というのは彼の方向性を見据える上でも重要なテーマだと思う。
モンクの作品は『Brilliant Corners』が定番だろうけど、なぜか手近にないので『Misterioso』(1958)(試聴可)をおすすめしておきます。立ち止まり、思考するジャズ。

メルドーによるモンク解釈という意味ではMonk's Dreamの入ったソロアルバム、『Live in Tokyo』(2004)(試聴可)がおすすめ。このRiver Manはあまりにも繊細で、引きちぎられそうになります。これをリリシズムだと捉える論調はわからないこともないけど、この寂しさはどちらかというと独我論的な地平からきていると僕は考えています。










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