森俊之プロデュースによる坂本真綾のニューアルバム。全7曲。
もちろん、山田さん(GOMES THE HITMAN)の楽曲提供を確認するためである。30 minutes night flight(#1)に曲を、セツナ(#5)に詞と曲を提供している。
坂本真綾の、写真集のような、または一人称に僕を使う少年のような歌詞には、感慨は抱かない。しかし、そうした抒情詩的な側面と、彼女の声と、ネオアコをさらに希釈化したようなポップスとが、もっとも調和するというのも事実だ。森さんもそれらの調和を図るべくプロデュース、アレンジに専心していたと考えられる。
しかし、そうしたプロダクションの反射として、山田稔明らしさは失われてしまっているというべきだと思う。とある小さな物語(リオタール的な意味で捉える必要は特にない)と、風景の切り取り方の「素直さ」と、そこから導かれる澄み切った空気との関係性は、ゴメスザヒットマン的な「屈折」を矯正してしまっているように感じる。
ゴメスが得意とするような郊外的な都市観というのは、<田舎>の否認と<都会>の肯定の狭間で揺れる不安定な現実を基盤にしなければ成立しないのであって、心象風景をあらかじめ措定するアプローチとは、前提が異なるのである。
もっとも、セツナ(#5)にあっては、彼自身が詞曲をともに提供していることもあってか、あるいはアレンジがギターポップ/ネオアコースティックを残しているからなのか、ゴメスとの共通性は比較的残っているとはいえるが、逆にそうした連続面の残滓が、この曲が異分子としてみなされる原因を作り出してしまっているようにも思われる。
本作のトータリティとして評価すべきなのは、空気感が整っているということだ。分析的にいえば、それはBPMであったり、真綾自身がほとんど作詞を担当していることであったり、森さんがすべてのアレンジを担当していることだったり、ブックレットの統一感だったりするわけである。
しかし、ゴメスザヒットマンのファンとしての視点からいうならば、#1については山田さんが提供する意味があったのだろうかという点で、#5については不調和であるがゆえに作品提供として成功したといえるのかという点で、疑問符を残す作品だったということになるだろう。
なお、森俊之つながりだと考えられるけれども、亀田誠治、河村カースケ智康の参加(#5)は特筆すべきだろう。また、つながりが全くわからないが、#4では塩谷哲(SALT)が参加していることも、触れておかなければならない。










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